昨日のエントリでも少し触れたが、正直なところ直ぐに「何かを書こう」とする事ができない位の衝撃を受けたものだったと感じている。
例えるなら、5年前の小野信義選手の件しかり、J2優勝を果たした2006年でも吉武・北村両選手しかり、ある意味2007年の時の山口素弘選手しかり、先日の三浦淳宏選手についても、そんな感じだったか。
つまり、長年横浜FC(「前身」とも言える横浜フリューゲルスも含めて)に関わってきた選手に対して、どうしても思い入れが深まってしまい、その分、今回のように「このような形(契約非更新)でクラブを離れる」というのは何とも遣る瀬無い思いが募る一方であるところだ。

思えば、早川選手を初めて目にした時は、何とも「頼りない」印象だったのを覚えている。
横浜FCにやってきた当初は、右サイドバックを務めていたものだったが、相手選手に簡単に振り切られたシーンが目に付いたものだった(汗)。当時は、怪我の事も分からずに、どうしても他の選手と同様に「力不足が否めない一選手」でしか捉えられなかったものだった。
そんな印象が変わったのが、「ハマナチオ」で名を馳せJ2優勝を果たした2006年。この時、センターバックにコンバートされ、トゥイード、ヨンデ(鄭容臺)、小村ら各選手を「相方」にして横浜ゴールを何度となく守りきったもの。その時の早川選手の「安定感」ぶりは、サイドバックを務めた頃とはそれこそ「雲泥の差」というもので、大いに驚いたもの。
そんな早川選手も、時には故障で戦線離脱したり、出場機会を求めて千葉へレンタル移籍して「横浜を離れた」時期がありましたが、それでも出場すれば大いに信頼を委ねられる選手の一人だったのかな、と思うようになり、今に至っている。

そんな早川選手に対しての今回の件は、当然ながら「まさか?」とか「何故だ?」という思いが頭を過ぎるもの。勿論、サッカー選手であれば「こういう形」でクラブを離れることがある意味「宿命」といえるものだけに、ある程度割り切って考える事も求められるかもしれないが、今の時点ではまだ「何故だ?」という思いが強く残っている。

それでも、「来季契約非更新」を決定させたことで状況は進んでいるとなると、今は早川選手が「新天地」でも活躍できる事を祈り、また横浜FCが早川選手の抜ける「穴」を塞ぐべく残された選手の奮闘を祈ることが大事なのかもしれない。そう考えたい。

ともかく、明日のvs柏戦を含めて今季残り3戦。早川選手への思いに応えるべく、残り試合で「全て」を出し尽くすべく精一杯戦い抜きたい。

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早川選手についての「思い出写真」は、個人的にはやはり「横浜ダービー」の時のものを取り上げたい。
早川選手の挙げた1点を懸命に守り抜いて得た勝利は、本当に素晴らしいものだったと、今でも感じるところかと・・・・・。